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仙台高等裁判所 昭和47年(ネ)56号 判決 1973年5月28日

控訴人 川下與十郎

被控訴人 青森県

訴訟代理人 仙波英躬 外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇七四万八六〇〇円及びこれに対する昭和三八年一月一日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人の主張

1  控訴人と坂本千代松とのいわゆる共同耕作は、単に形式上のものにすぎず、実態は控訴人の単独耕作であつたことは、青森県農地委員会は容易に知りえたはずである。

すなわち、控訴人の小作調停申立により、田名部町農地委員会は長期間にわたり実情を調査したし、青森県農地委員会もこれを指導した。したがつて、昭和二一年から同二四年まで坂本千代松が本件土地について不在地主であること、成田武宗、宮北喜作が昭和二四年に本件土地を耕作したのは不法であること、右の者らが本件土地の売渡を受ける優先権を持たないことを、青森県農地委員会は知つたはずであり、それ故に、昭和二一年から同二三年の間の控訴人の耕作は、形式的には共同耕作であつても、実は控訴人の単独耕作であつたことは右農地委員会において容易に知りえたはずであり、知らなかつたとすれば重大な過失がある。

2  昭和二四年の成田、宮北の本件土地の耕作は不法であつたから、右両名は自作農創設特別措置法一六条一項いう小作農ではない。そうすると、農地委員会としては控訴人や成田、宮北が右条項の「自作農として農業に精進する見込のある者」として売渡の相手方となるかどうかを検討すべきであつたのに、これをしなかつた。控訴人は昭和二三年頃まで農業に精進してきたものである。したがつて、控訴人が本件土地の売渡を受けるべき地位にあつたことは青森県農地委員会も容易に知りえたはずであり、知らなかつたとすれば、当然調査すべきことを調査しなかつた点において重大な過失がある。

二、被控訴人の主張

控訴人の右主張事実をすべて争う。

三、証拠関係<省略>

当裁判所は、控訴人の本訴請求は失当であると判断する。その理由判決の理由と同一であるから、これを引用する。当審提出の甲号各証は右判断を動かすに足りず、右判断に反する当審の控訴人本人の供述は信用できない。

よつて、原判決は相当であつて本件控訴は失当であるから、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 石川良雄 小林隆夫)

【参考】第一審判決(青森地裁昭和四一年(ワ)第一七号・昭和四七年一月一四日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一原告訴訟代理人は、

「被告は原告に対し金二、〇七四万二、六〇〇円およびこれに対する昭和三八年一月一日より右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宜言を求め、その請求原因として

「一 別紙目録記載の(一)ないし(四)の各農地(以下併せて単に本件各農地ともいう。)は、もと訴外坂本千代松の所有であつたところ、田名部町農地委員会は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に基づいて昭和二四年七月二日と同年八月六日本件各農地に対しそれぞれ買収計画を樹立したうえこれを買収し、次いで同年一〇月四日目録(一)の農地につきその売渡の相手方を訴外成田武宗とする農地売渡計画を樹立して、同年一一月一五日その公告をなすとともに書類を縦覧に供し、次いで昭和二五年一月二〇日目録(二)、(三)の農地につきその売渡の相手方を訴外宮北喜作とし、目録(四)の農地につき前記成田武宗を売渡の相手方とする農地売渡計画を樹立して、同年二月一日その公告をなすとともに書類を縦覧に供した。

原告は、同年九月一日右各農地売渡計画に不服があるとして田名部町農地委員会に対して異議を申立てたところ、同月八日これが却下され、さらに同年九月一四日青森県農地委員会に対して訴願をなしたが、同委員会は昭和二六年一月三一日訴願棄却の裁決をした。そこで、原告は昭和二六年二月二六日青森県地方裁判所に対し右訴願裁決取消請求の訴(同裁判所昭和二六年(行)第七号)を提起したところ同裁判所によつて原告の請求認容の判決がなされた。これに対し、被告であつた青森県知事は控訴したが(仙台高等裁判所昭和三二年(ネ)第七一号)、昭和三六年七月一七日控訴棄却の判決があり、さらに上告がなされたが(最高裁判所昭和三六年(オ)第一一三七号)、昭和三八年三月一五日上告棄却の判決があり、原告勝訴の第一審の判決が確定した。かくして、原告は昭和三八年春に至り漸く本件農地の耕作をすることができることとなり、同年一一月一日本件農地の売渡を受けたのである。

二 右一連の経過によつて、田名部町農地委員会がなした前記成田武宗、宮北喜作に対する本件農地の各売渡計画及びこれに対する原告の異議申立却下並びに青森県農地委員会のなした訴願棄却の裁決が違法であることは確定されたが、右売渡計画樹立にあたつてなされた被告の公務員の所為並びに右裁決は、被告の公務員の職務行為であるかまたは被告が費用を負担すべき青森県農地委員会が職務上なしたところのものであつて、これは原告に対する違法かつ有責な不法行為である。すなわち、

1 坂本千代松は、かねて目録(一)ないし(三)の土地(いずれも田)を成田武宗に小作させていたが、昭和二〇年秋同人から返還を受けるとともに、同(二)、(三)の土地を同年一二月、同(一)の土地を昭和二一年九月原告に対し一反当り白米二斗の賃貸し、また戦時中農兵隊が荒起したまま放置していた目録(四)の畑地を昭和二一年三月原告に対し三年間無償の約束で賃貸した。

2 以来坂本千代松は原告をして本件各農地の耕作を続けさせてきたところ、昭和二三年秋の収穫後になつて原告との仲が不和となるや、その頃同人は自ら耕作すると称して本件各農地を無理矢理原告から取上げ、かつ翌二四年春宮北喜作ら数名の者をして本件各農地に侵入させ、耕作を強行させた。

そこで原告は昭和二四年五月一日前記田名部町農地委員会に対して右耕作権回復の調停を申立てたのであるが、同委員合に出席した青森県農地課係員の誤れる指導があつたため、同委員会は昭和二四年五月一日本件各農地につき、自創法三条五項七号によつて前記買収計画樹立及び買収をなしたのである(本件各農地は小作地であるから、右買収は同法三条一項一号に基づいてなされるべきもので、これによらない買収はその基づく法規の選択を誤つたものである。)。

3 原告は右買収計画が樹立された後の昭和二四年七月二五日と、右買収がなされた後の同年一二月二三日の二回にわたり、本件各農地の売渡を受けるべきものは自分であることを主張して、その買受け申込みをなしたのである。

4 ところで、本件において右売渡の相手方となるべきものは、自創法一六条一項、同法施行令一七条一項一号により、その買収の時期において専業として事業に精進し、本件各農地につき耕作の業務を営み、その買受け申込みをした原告に限られるべきである。しかるに、田名部町農地委員会は、原告の申込みを無視し、被告農地課係員の誤れる指導に従つて、売渡の相手方となる適格のない成田武宗、宮北喜作に対し、本件農地を売渡す計画を樹立した。

5 そもそも、本件買収時に本件各農地が地主坂本千代松の自作地でなかつたことは、誰がみても明白であつた。そして、昭和二四年春成田武宗、宮北喜作が本件各農地を耕作しようとしたが、その耕作は当時施行の農地調整法上認められないものであつたから、買収時の小作人は、遅くとも昭和二一年以降本件各農地を耕作し、小作農として農業に精進していた原告以外にはあり得ず、原告が第一順位の売渡人たるべきであつた。しかも、このことは、田名部町農地委員会を適切に指導すべき被告農地課所属小作官の熟知するところであつた。しかるに、小作官が指導を誤つたため、前記の誤つた売渡計画が樹立された。

6 また、田名部町農地委員会がなした右違法な売渡計画に対する原告の異議申立却下につき、原告が訴願をなしたところ、青森県農地委員会は、故意または重大な過失によつて、坂本千代松は本件各農地の不在地主でなく、原告が小作人でないとして、違法にも原告の訴願を棄却したのである。

7 青森県農地委員会(後に青森県農業委員会)の監督行政庁である青森県知事は、原告のなした右訴願棄却、裁決取消の訴提起に対し、原告の請求が正当であることを知りながらあるいは容易に知り得たにかかわらず応訴したのであるから、その応訴行為は違法である。また、これに対する前記第一審判決が、原告こそ法定第一順位の売渡の相手方たるべきことを証拠を示して諄々と説き、第二審の判決もまた、第一審判決を相当としたにも拘らず、前記の控訴、上告の所為に及んだもので、これらはいずれも原告の権利を不当に侵害する行為といわねばならない。

8 以上のように、被告農地課所属の公務員、被告が費用を負担し被告の公務員が監督すべき青森県農地委員会、被告の公務員である青森県知事は、故意又は過失により、原告に対して違法な公権力を行使をなしたのであるから、これによつて生じた損害につき、被告は当然その賠償をなすべき義務がある。

三 右の各違法行為の結果は昭和二五年春から昭和三七年末までの間、本件各農地の売渡を受けることができず、それにより本件各農地を耕作することによる収益は妨害された。これにより原告が蒙つた損害は次のとおりである。

1 目録(一)ないし(三)の田(合計一町三畝五歩)の耕作ができなかつたため、水稲栽培による収穫が得られなかつたことによる損失二〇二万〇、四六二円(その算出方法、内訳明細は別紙計算表(一)のとおり)。

2 目録(四)の畑一反歩の耕作ができなかつたため、豆類・野菜の栽培による収穫が得られなかつたことによる損失九万一、〇〇〇円(昭和二五年から昭和三七年まで一三年間毎年少くとも一万円の収入があり、そのうち経費三〇%を控除した額)。

3 本件農地がなかつたため、養畜(子牛を養つて成牛とし肉牛として売る)ができなかつたことによる損失一六七万四、五一四円(その算出方法、明細は別紙計算表(二)のとおり)。

4 被告の不法行為により原告の蒙つた精神的苦痛の慰籍料一、六九六万二、六二四円。

以上1ないし2の合計二、〇七四万八、六〇〇円。

四 よつて本訴において、右金二、〇七四万八、六〇〇円およびこれに対する右損害発生後の日である昭和三八年一月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二被告訴訟代理人は

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求め、答弁として

「一 請求原因第一項の事実は認める。

二1 坂本千代松は、本件各農地を自ら自作するものとして小作人から返還を受けて後、昭和二一年から耕作したのであるが、右の耕作については親戚にあたる原告の協力を求め、互に協同して昭和二三年まで耕作した。しかし、原告において、坂本千代松の子坂本幸四郎を自己の家に同居せしめ、供出の割当、肥料の配給についても坂本幸四郎の名義による等両者とも、外部的には本件各農地の耕作が坂本千代松の単独の自作地であるごとく装うのに努めた。

2 昭和二三年半ば、原告は坂本千代松と不和をきたし、袂を分つてむつ市大字田名部字柳浦の自宅に引揚げ、その本業たる時計修理業に従事するようになり、本件各農地の耕作を止めた。そして、昭和二四年には、再び成田武宗が(一)、(四)の農地を、宮北喜作が(二)、(三)の農地を、それぞれ坂本千代松から借受けて耕作するに至つたのである。

3 本件各農地の買収は、坂本千代松が本件各農地を含む自己所有農地について希望買収の申出をしたことに基づくものである。

4 田名部町農地委員会は、(一)の農地については、昭和二一年まで正規の小作人であり、かつ昭和二四年買収時において現実に耕作していた成田武宗を(二)、(三)の農地については、右買収時にこれらを現実に耕作していた宮北喜作を、(四)の農地については、右買収時に現実に耕作していた成田武宗を、いずれも(各耕作者からの買受申込があつて)売渡の相手方として選定したのである。

三 以上のような事実関係のもとでなされた本件各農地の売渡計画は、妥当なものであつたのであり、少くとも、被告が責を負うべき不法行為は、原告主張の一連の過程において存在しなかつた。すなわち、

1 原告自身が、地主坂本千代松に協力して、自己の耕作は坂本千代松の自作の補助に過ぎず、本件各農地が小作地でないとの既成事実を作り上げることに力を尽くしていたから、県農地委員会がその反対事実を認定することは至難であり、本件各農地が原告の小作地であるか、坂本千代松の自作地であるかの認定は、結局見解の相違に過ぎず、終局的には裁判をまつて確定せられるべき問題であつた。

2 原告は田名部町農地委員会に提出した文書の中で、自ら本件農地の耕作は坂本千代松との共同耕作であることを認め、自己単独の小作地であるとの主張はしておらず、

3 坂本千代松が原告の本件各農地の占有を奪つたものではなく、原告は、自ら本件各農地の耕作を離れて本職に復帰したに過ぎない。

4 田名部町農地委員会の売渡計画樹立、原告の異議申立に対する決定は、各委員の権限と責任をもつて行なわれていたのであつて、被告職員の関与するところではない。

四 原告が昭和二五から昭和三七年まで本件各農地を耕作することができなかつたのは、原告が昭和二三年半ばにその占有を自ら坂本千代松に移転したからであつて、後に訴訟において取消された本件各農地の売渡計画がなされたからではないのであるから、原告主張の損害は、被告の責に帰せられるべき行為に因るのではない。

五 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は失当である。

第三立証<省略>

理由

一 請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二 原告は、田名部町農地委員会が、本件各農地につき売渡の相手方となり得ない成田武宗または宮北喜作を売渡の相手方とする売渡計画を樹立したのは、被告の公務員である青森県農地課係員の誤つた指導があつたからであり、右の指導はこれにより売渡を受けることを妨げられた原告に対する違法かつ有責な公権力の行使である旨主張する。

<証拠省略>を総合すれば、原告は、訴外坂本千代松を相手方として昭和二四年五、六月にかけて田名部町農地委員会に小作調停を申立てたこと、右申立の内容は、本件各農地を含む坂本千代松所有農地につき原告が有していた耕作権が侵害されたので、その回復を求めるというものであつたこと、田名部町農地委員会の要請により、被告青森県農地課勤務の小作官小野村正己は、昭和二四年七月一〇日の委員会に出席し、右委員会において原告申出の案件につき全委員の委嘱により議事の進行に当つたこと、同日の委員会において本件各農地を含む坂本千代松所有地を自創法三条五項七号の規定により買収することが決定されたこと、その後なされた本件各農地についての売渡計画の樹立および公告の前後にわたり、原告の申立の処理について、同農地委員会の委員から小野村小作官に対し相談があつたことを認めることができるが、右認定の事実を越えて、小野村小作官がその出席した委員会において本件各農地を原告に売渡すことを否定する趣旨の発言をしたり、右趣旨に副う指導をしたことを認めるに足る何らの証拠もない。

してみれば、原告の前記主張は理由がない。

三 次いで原告は、田名部町農地委員会がなした違法な売渡計画に対する原告の異議申立却下につき、青森県農地委員会に訴願をなしたところ、同委貴会も原告の訴願棄却の裁決をなしたが、右は違法かつ有責な公権力の行使であつて、同委員会委員の費用を負担すべき被告は、その結果原告につき生じた損害を賠償すべき旨主張する。

1 なる程、右訴願棄却の裁決に対し、原告が右裁決取消の訴を提起し、その結果、本件右農地に関する部分の裁決取消の一審判決があり、青森県知事の控訴、上告がいずれも棄却されて、右一審判決が確定したことは、前述のように、当事者間に争いがない。

2 そして、<証拠省略>によれば、

イ 青森県農地委員会のなした訴願裁決においては、本件各農地中、(一)、(二)、(三)については成田武宗が一七年前から賃借して耕作を継続していたところ、昭和二〇年秋に(二)、(三)を、昭和二一年秋に(一)を地主坂本千代松に返還し、以後は坂本千代松と原告が昭和二三年秋まで共同耕作したこと、(四)の畑については戦時中農兵隊が耕作していたがこれについても昭和二一年春から昭和二三年秋まで右両名が共同耕作したこと、右の共同耕作とは、坂本千代松と原告とが親類である関係上、原告所有の家屋に千代松の二男幸四郎が原告夫婦と共同生活し、互いに労力、費用を負担し合い、協力して耕作したというものであるが、右は農地調整法に規定された小作関係ではないこと、昭和二四年春から本件各農地を賃借耕作した成田武宗、宮北喜作が、本件各農地について自創法施行令一七条一号の小作農として第一順位の売渡の相手方たるべきものであることが認定、説示されているのである。

ロ これに対し、右裁決中、本件各農地に関する部分を取消した第一審判決は、本件各農地の耕作は、原告と坂本千代松の二男幸四郎が共同で行うとの協定のもとに、昭和二二年春頃から始められたものの、幸四郎が病弱等の理由により、事実上原告夫婦が全て行つてたものであつて、原告はその賃借人として実質上単独耕作をなしていたと認定し、昭和二四年春からの原告の離作も原告の小作人たる地位を失わしめるものではなく、結局本件各農地の買収当時のその耕作の業務を営む小作農は原告であるから、原告が法定第一順位の売渡しの相手方であると判示し、第二審判決も、坂本千代松と原告の共同耕作というのは形式上のもので、昭和二三年度までの耕作はすべて原告夫婦らにおいてなされたとの認定のほか、右耕作と昭和二〇年一一月二三日当時(一)、(二)、(三)の土地につきなされていた成田武宗の耕作を対比し、原告が第一順位の売渡の相手方たるべきことを認定して、第一審判決の結論を維持しているのである。

そして、上告審の判決は、右第二審の判決に審理不尽、理由不備の違法ありとの上告理由を排斥している。

3 以上みたように、訴願裁決の理由を第一、二審判決の理由に照らしてみると、右裁決が取消されるに至つたのは、本件各農地を含む坂本千代松所有地につき原告が昭和二二、二三年度にかけてなした耕作が、原告の単独耕作であることを看過した点に、最大の理由があつたものということができる(もつとも、坂本千代松と原告との共同耕作であつたみることは、原告が本件各農地に小作権を有しなかつたことを直ちに意味するものではなく、共同耕作の態様によつては一定の割合による耕作権の持分を想定しなければならないが、<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、その耕作した坂本千代松所有農地(田一町五反六畝と畑一町四畝二四歩。本件各農地を含む)のうち、田五反二畝二五歩、畑七反四畝二四歩の売渡を受けていることが明らかであるから、仮りに、坂本千代松と原告の共同耕作がなされたものとして、原告の耕作権の持分が二分の一と推定すれば、ほぼその持分に応じた売渡がなされているとみる余地があり、結局原告の単独耕作であつたか否かが、裁決を取消すか否かを決する事実認定上の問題点であつたということができる。)。

4 しかし、右のように青森県農地委員会の裁決に事実認定上の誤りがあつたものとして、後に裁判所によつて取消されたからといつて、それが直ちに原告において損害賠償請求を可能ならしめる違法な公権力の行使に当るかについては、なお検討を加えなければならない。すなわち、青森県農地委員会のなした右の訴願棄却の裁決が国家賠償法一条所定の公権力の行使に当ることは肯定されるとしても、かかる訴願裁決庁の裁決行為は司法作用に類するものであつて、裁決庁は訴願を認容するか、棄却するのかの二者択一の場に立たされるものであり、かつ訴願裁決庁の裁決については抗告訴訟による司法審査の余地が残されていることに鑑みれば、訴願裁決庁の裁決が、後に裁判所により取消され、その取消判決が確定したとの一事をもつて、直ちに国家賠償法一条にいわゆる違法な公権力の行使にあたるものということはできず、裁決庁が、裁決に当たり、悪意により事実認定や法令解釈を歪曲し、あるいは容易に判明する事実関係について調査を怠る等、その職務遂行に際して尽すべき義務の違反、懈怠が存する場合に、はじめて裁決は右の違法性を帯びるものと解するのが相当である。

5 これを本件についてみると<証拠省略>を総合すれば、坂本千代松と原告とは親類(千代松の妻の姪の夫が原告)であつて、原告は昭和二一年から同二二年春にかけて坂本千代松所有農地(本件各農地を含む。以下同じ)の耕作を始めるにあたり、右田畑が両名の共同耕作であるかのように装うことを相謀り、坂本千代松およびその子坂本幸四郎が原告の住宅に同居しているごとく装い、昭和二一年四月一三日から昭和二三年六月二九日までの間原告と坂本千代松および坂本幸四郎が同一世帯にあるものとして主食の配給を受け、坂本幸四郎は右田畑で耕作しているものとして、昭和二三年度の米穀の事前割当を受け、かつ右耕作に使用する肥料の配給を受ける等、共同耕作の形式を整えたばかりでなく、事実坂本幸四郎は昭和二二年四月頃から約四か月間原告方に同居し、坂本千代松も右田畑の農事の手伝をしたり、人夫に依頼して農事に従事させたことがあつたこと、昭和二三年夏頃から原告と坂本千代松との間に不和が生じ、原告は坂本千代松所有農地の耕作から離れたが、昭和二四年春に至り坂本千代松が右農地を成田武宗、宮北喜作らに耕作せしめたため、原告は、坂本千代松が自ら耕作するなら格別、右の者らに耕作させるのは不服であると主張して、前記のように田部の町農地委員会に対し小作調停を申立てたという経緯であること、右のごとき共同耕作を覗わしめる事情は、訴願裁決当時青森県農地委員会においても明らかであつたことを認めることができる。これに対し右の共同耕作が形式上のものであるに過ぎないことが、当時同委員会に容易に判明するものであつたとは、全証拠によつてもこれを認めることができない。

してみれば、裁判所におけるその後の詳細な証拠調べの結果、第一、二審判決がその理由に説示するような事情により、原告の単独耕作と認めるのが相当であるとしても、原告の訴願を受理後可及的に速やかに裁決することを自創法により義務づけられていた青森県農地委員会が、前示のような理由のもとに原告の訴願を棄却したからといつて、それが、ことさら事実認定、法律解釈を歪曲し、あるいは容易に判明する事実関係につき調査を怠る等法令上尽すべき職務に違反したものとは、到底認めることができない。<証拠省略>も、右の点を認めしめるに足るものではない。

6 以上のとおりであるから、右裁決が違法な公権力の行使であることを理由とする原告の主張も理由がない。

四 さらに、原告は、原告の提起した訴願裁決取消の訴に対する応訴、原告の請求を認容した第一判決に対する控訴、控訴棄却の第二審判決に対する上告という青森県知事の一連の行為は、原告の訴提起が正当であることを知りながらなされた違法な行為であつて、青森県知事は被告がその費用を負担する公務員であるから、被告は右違法行為によつて原告に生じた損害を賠償すべき旨主張する。

しかし、前項にみたように、原告が昭和二二、二三年度にかけてなした本件各農地を含む坂本千代松所有の耕作が、原告の単独耕作ではなく、坂本千代松の耕作について補助ないしは坂本千代松との共同耕作であるかのごとき事情が存したのであり、地元田名部町農地委員会および青森県農県委員会においても、原告の本件各農地に対する耕作は原告の単独耕作ではないとの判断をとつていたのであつて、このような事情のもとで、青森県知事が応訴、控訴に及んだからといつて、他に特段の事由の認められない本件においては、それが応訴権、控訴権の不当利用にあたるものと解することはできない。青森県知事のなした上告についても、その上告理由に照らすときは、これが上訴権の濫用で、公権力の不当行使にあたるものとは、到底認め難い。

してみれば、原告指摘の青森県知事の各行為をもつて違法な公権力の行使ということを得ないから、この点に関する原告の主張も理由がない。

五 以上のとおりであつて、原告の請求は全て理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用は原告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大石忠生)

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